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「ハサウェイ?ハサウェイ!?」 只事ではないと、驚きの内に駆け寄り彼の肩を揺さぶるクェス。
これは夢だ――。自分は帰りのシャトルの中でうたた寝しているのだ。この光景は悪い夢だ――。 そう思いたかった。 だが、触れた感触は確かに現実だ。 自分を映す虚ろな瞳は、確かに現実なのだ。
「何があったの…?ねぇ、何があったのよ…ハサウェイ…」 へたり込みそうになった彼女の腰を、ハサウェイの腕が抱いた。
ビクリと一瞬身体を強張らせたクェスだったが、”そういう意味”ではなかったらしい。
ハサウェイは泣いていた。 子供のように――。
どうすべきかクェスにはよく分からなかった。身体が熱っぽく、鼓動は落ち着きを取り戻さない。 潤んだ瞳が胸元で震えているハサウェイを映す…。 まとまらない思考のまま、ただ…ぎこちない手つきで彼の頭を撫でていた――。
クェスが戸惑いから幾ばくの平静を取り戻した時には、ハサウェイの嗚咽は寝息に変わっていた。
陽は沈み、闇の中静かに時が流れる。
寝静まったハサウェイに膝枕をするクェスであったが、 この手の場面でよくある、”聖母のような”だの”母親のような”といった形容は似合わなかった。
「私ね…インドにいた頃、皆とはぐれちゃって……あの時も…夕方だったなぁ…」 子守唄を歌うかのように、ポツリポツリとクェスは独り語り始めた。
「猫がいたのよ…小さな子猫……迷子の私が、迷子の子猫を見つけて…」 そっと、ハサウェイの涙の痕をぬぐってやる。
「あの時もやっぱり、こんな風にそのコを撫でてあげてたなぁ……」 険の取れた声は透き通っていたが、それゆえに何処か物悲しかった。
そっと抱くように膝元のハサウェイにもたれ掛かる。
あの頃迷子になった少女は、果たして家に帰れたのだろうか?
静寂の闇の中に少女の意識は溶け込んでいった。
差し込んだ朝陽で目覚めたクェスは、”抱き枕”に絶句した。
混乱した頭で、何とか帰宅してからの経緯を反芻すること数十秒――。 ”何事も無かった!”と、状況把握を終えた彼女は、 ”抱き枕”を起こさぬよう、ぎこちない動作ながらも静かに部屋を後にした。
キッチンに向かうと、冷蔵庫からおもむろに卵とベーコンを取り出す。 「ったく世話焼けるわねぇ、何でこの私がご飯なんか作らないといけないのよ」
誰に聞かせるわけでもなく言ってみる――が、聞こえていたら彼女を止めたであろう。
フライパンを発見し、そのまま火に掛けるとベーコンを並べ、卵をグシャリと割ってみた。 豊富なカルシウムをトッピングされた卵が、まだプルンとした透明感を有しているうちに、 ベーコンは既に己の油を出し切り干乾び始めている。
「あれ?火が通らない?おかしいなぁー」 フライ返しでガリガリとベーコンごと卵をめくりあげ、華麗に卵返し――など出来るはずもなく、 惨殺された卵黄がフライパンを黄色く染めるやいなや、狐色となる。 が、これでは狐というより烏色だろう。
煙がかったキッチンにハサウェイがやってきたのはそれから10分ほどしてからのことだ。
「あ、おはよう」 得意げな声で振り合えるクェスを見て全てを把握したハサウェイは、挨拶を返しつつ換気扇を回す。 換気扇のヒモを、もう少し長くした方が良さそうだ。
食卓に安置された、食材の亡骸にチラリと目をやる彼だが、昨夜の事もあり何も突っ込む気になれない。 一週間ろくに眠れない日が続いていたハサウェイにとっては、昨夜のクェスはまさに安らぎを与える天使だった。
その天使は、今や食卓の死神でしかないが……。
「別にハサウェイに食べさせたくて作ったワケじゃないからね、 アンタがいつまで経っても起きてこないから、代わりに作ってやっただけだから」 照れ隠しがヘタなクェスだが、先の戦闘で疲弊したハサウェイには、只々嬉しかった。
しかし舌と胃腸には甚だ苛烈なものだ。 炭化したベーコンに”卵だったもの”を絡め頬張ると、牛乳で何とか流し込む。 賞味期限ギリギリの牛乳がこれほどありがたく、美味く思えたことは無い。
試練を終え、TVを見ているクェスの横顔を眺める。 ――この横顔を曇らせたくない……。だから僕は戦ったんだ…。悔やみ続けるワケにはいかない…。 ――僕にはクェスがいて、クェスは僕に微笑んでくれる。 ――それだけで良い…この幸せを、失わないためにもしっかりしないと……。
半ば廃人だった昨日までの自分が嘘のようで、身体に生気が蘇っているのを感じる。
「っ、なによ?ジロジロと」 「いや、クェスが元気で良かったなぁってね」 「そんな事言うならあんまり心配かけないでよね、昨日はマジでビックリし――た」 と、急に赤くなったクェスは言いかけた台詞を飲み込むと視線をTVに逃がす。
「ああ、悪かったよ昨日は…でも、もう大丈夫さ」 その様子が可愛らしくて、ついクスクスと笑いながらハサウェイは答え席を立つ。 「そろそろ支度するよ、給料泥棒になりたくないからね」
「えーっ?休んじゃいなよ、顔色良くないし…倒れて看病なんて、私ヤダよ?」 立ち上がった瞬間の眩暈を気取られぬよう振舞ったが、やはりクェスには心配らしい。
その言葉に甘えたい気もしなくも無いが、そうも言っていられない。 「大丈夫さ、膝枕の寝心地、良かったしね」
飛んできたタオルをかわしてキッチンを後にする。 身支度を整え、ハサウェイ・ノアは一週間ぶりの施設へと足を向けた。
機動戦士ガンダム オルレアンの聖女 11 1234567891011
「ハサウェイ?ハサウェイ!?」
只事ではないと、驚きの内に駆け寄り彼の肩を揺さぶるクェス。
これは夢だ――。自分は帰りのシャトルの中でうたた寝しているのだ。この光景は悪い夢だ――。
そう思いたかった。
だが、触れた感触は確かに現実だ。
自分を映す虚ろな瞳は、確かに現実なのだ。
「何があったの…?ねぇ、何があったのよ…ハサウェイ…」
へたり込みそうになった彼女の腰を、ハサウェイの腕が抱いた。
ビクリと一瞬身体を強張らせたクェスだったが、”そういう意味”ではなかったらしい。
ハサウェイは泣いていた。
子供のように――。
どうすべきかクェスにはよく分からなかった。身体が熱っぽく、鼓動は落ち着きを取り戻さない。
潤んだ瞳が胸元で震えているハサウェイを映す…。
まとまらない思考のまま、ただ…ぎこちない手つきで彼の頭を撫でていた――。
クェスが戸惑いから幾ばくの平静を取り戻した時には、ハサウェイの嗚咽は寝息に変わっていた。
陽は沈み、闇の中静かに時が流れる。
寝静まったハサウェイに膝枕をするクェスであったが、
この手の場面でよくある、”聖母のような”だの”母親のような”といった形容は似合わなかった。
「私ね…インドにいた頃、皆とはぐれちゃって……あの時も…夕方だったなぁ…」
子守唄を歌うかのように、ポツリポツリとクェスは独り語り始めた。
「猫がいたのよ…小さな子猫……迷子の私が、迷子の子猫を見つけて…」
そっと、ハサウェイの涙の痕をぬぐってやる。
「あの時もやっぱり、こんな風にそのコを撫でてあげてたなぁ……」
険の取れた声は透き通っていたが、それゆえに何処か物悲しかった。
そっと抱くように膝元のハサウェイにもたれ掛かる。
あの頃迷子になった少女は、果たして家に帰れたのだろうか?
静寂の闇の中に少女の意識は溶け込んでいった。
差し込んだ朝陽で目覚めたクェスは、”抱き枕”に絶句した。
混乱した頭で、何とか帰宅してからの経緯を反芻すること数十秒――。
”何事も無かった!”と、状況把握を終えた彼女は、
”抱き枕”を起こさぬよう、ぎこちない動作ながらも静かに部屋を後にした。
キッチンに向かうと、冷蔵庫からおもむろに卵とベーコンを取り出す。
「ったく世話焼けるわねぇ、何でこの私がご飯なんか作らないといけないのよ」
誰に聞かせるわけでもなく言ってみる――が、聞こえていたら彼女を止めたであろう。
フライパンを発見し、そのまま火に掛けるとベーコンを並べ、卵をグシャリと割ってみた。
豊富なカルシウムをトッピングされた卵が、まだプルンとした透明感を有しているうちに、
ベーコンは既に己の油を出し切り干乾び始めている。
「あれ?火が通らない?おかしいなぁー」
フライ返しでガリガリとベーコンごと卵をめくりあげ、華麗に卵返し――など出来るはずもなく、
惨殺された卵黄がフライパンを黄色く染めるやいなや、狐色となる。
が、これでは狐というより烏色だろう。
煙がかったキッチンにハサウェイがやってきたのはそれから10分ほどしてからのことだ。
「あ、おはよう」
得意げな声で振り合えるクェスを見て全てを把握したハサウェイは、挨拶を返しつつ換気扇を回す。
換気扇のヒモを、もう少し長くした方が良さそうだ。
食卓に安置された、食材の亡骸にチラリと目をやる彼だが、昨夜の事もあり何も突っ込む気になれない。
一週間ろくに眠れない日が続いていたハサウェイにとっては、昨夜のクェスはまさに安らぎを与える天使だった。
その天使は、今や食卓の死神でしかないが……。
「別にハサウェイに食べさせたくて作ったワケじゃないからね、
アンタがいつまで経っても起きてこないから、代わりに作ってやっただけだから」
照れ隠しがヘタなクェスだが、先の戦闘で疲弊したハサウェイには、只々嬉しかった。
しかし舌と胃腸には甚だ苛烈なものだ。
炭化したベーコンに”卵だったもの”を絡め頬張ると、牛乳で何とか流し込む。
賞味期限ギリギリの牛乳がこれほどありがたく、美味く思えたことは無い。
試練を終え、TVを見ているクェスの横顔を眺める。
――この横顔を曇らせたくない……。だから僕は戦ったんだ…。悔やみ続けるワケにはいかない…。
――僕にはクェスがいて、クェスは僕に微笑んでくれる。
――それだけで良い…この幸せを、失わないためにもしっかりしないと……。
半ば廃人だった昨日までの自分が嘘のようで、身体に生気が蘇っているのを感じる。
「っ、なによ?ジロジロと」
「いや、クェスが元気で良かったなぁってね」
「そんな事言うならあんまり心配かけないでよね、昨日はマジでビックリし――た」
と、急に赤くなったクェスは言いかけた台詞を飲み込むと視線をTVに逃がす。
「ああ、悪かったよ昨日は…でも、もう大丈夫さ」
その様子が可愛らしくて、ついクスクスと笑いながらハサウェイは答え席を立つ。
「そろそろ支度するよ、給料泥棒になりたくないからね」
「えーっ?休んじゃいなよ、顔色良くないし…倒れて看病なんて、私ヤダよ?」
立ち上がった瞬間の眩暈を気取られぬよう振舞ったが、やはりクェスには心配らしい。
その言葉に甘えたい気もしなくも無いが、そうも言っていられない。
「大丈夫さ、膝枕の寝心地、良かったしね」
飛んできたタオルをかわしてキッチンを後にする。
身支度を整え、ハサウェイ・ノアは一週間ぶりの施設へと足を向けた。