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ファンタジーは突然に1234

つつがなく補給活動は済み、オレたちは次の目的地に向かって進む。狙いはショッピングモール
映画は当たり外れがあるし、カラオケは二人で回すと会話の時間が潰れる
ゲームセンターは色々な遊びを提供してくれるので美味しいのだが
この時間にミクルちゃんのような年齢の娘を連れまわしていれば補導などが怖いので今回はパス
ショッピングモールでのウィンドウショッピングなら
モノの好き嫌いがあっても色々な店を回ってるうちに好みのモノが見つかり会話が弾む事も多いはずだ
人の流れの多い箇所ではあるが、ゲームセンターを回るよりは補導員の目も強くない
それになにより絶対に何かを買わないといけないワケでもなく
見て回るだけで楽しめるのだから財布に優しい

本来ならそっちを回ってから飯というパターンの方が良かったが
彼女と出会った時間とオレの燃料タンクの都合で順番がズレてしまった
しかし、お互いに胃がもたれた風もなく臨戦態勢はバッチリだ

『ミクルは何を見たい? オレは新しいコートとか見て回ってみたいんだが?』

『うーん…小物とか見て行きたいかな。携帯のストラップとか可愛いの有ったらいいなって』

『そんなのでいいなら買ってやるぞ? 今日はまだ財布に余裕があるし』

『ううん、さっきの店であんなに出してもらったんだからいいよ』

そこでミクルちゃんの額にデコピンを一発見舞ってやる
奇襲気味の一撃だったのでミクルちゃんは回避運動も間々ならず見事に直撃する

『痛っ、痛いよ、お兄ちゃん!』

『オマエさぁ、オレはオマエの何だ? 言ってみろ』

『お兄ちゃんは…ミクルのお兄ちゃんだよ?』

『なら、兄貴に甘えてみろ
いいかミクル? 兄というモノは妹を可愛がるもんなんだ
甘えてもらうと兄として嬉しいのさ
逆に甘えてもらえないと兄として自信が無くなるんだ
だから、遠慮せずにオレに買わせろ
むしろ、オレを喜ばす為に買いたいモノをガンガン言ってくれ』

デコピンを直撃させた箇所を撫でてやりながら
緩やかに言葉を繋いでいく
ミクルちゃんは目を大きく見開いてからコクコクと頷き

『じゃ、じゃあ、そこの小物屋さんにあるイルカさんのストラップが欲しいよ』

オレの申請にOKサインを出した

『ホイ来た、じゃあ手始めにまずは一つだな』

言われた店に入り、イルカのストラップを二つ頼む
会計を済ませてからミクルちゃんの携帯に付けてやってから自分のにも装着させる

『えへへ、これでミクルたち、お揃いだね』

自分の分のストラップを掲げながらニッコリと笑いかけてくる

『ああ、これで兄妹じゃなくて恋人に見られるかもな』

『うわ、うわわわ?!』

顔を真っ赤にしてアタフタとよくわからないジェスチャーをプシューと蒸気が上がる勢いでしてからその場に凍り付く

何とも初々しい反応で思わず噴出しそうになる

『ホラ、次に行くぞ。今度は何が良いんだ? バンバン言ってくれよ?』

作らずとも出てきた素の笑みを浮かべながら次の攻撃目標地点を聞いてやる

『えと、えと、じゃあ、あっちの店を見てみたいよ』

安上がりだと思ってウィンドウショッピングにしたわけだったが
この娘とのこんな心躍るデートというオレには出来過ぎなファンタジーを送れるのなら
この際だ、出費は気にしないで行こう

『ほいさ、了解ですよ、お姫様』

それから数軒の店を二人で渡り歩いてミクルちゃんの所望品たちをどんどん謙譲して行った
店の一軒一軒で、店と店の間の路地で、二人で所望品の品評をして笑いあったり
これが似合ってる似合ってないと語り合ったり
たまにミクルちゃんをイジってショートさせたりの飽きの来ない楽しい時間

ちょくちょく道行く野郎たちがミクルちゃんのプリティーフェイスに振り返り
さらにオレを見て何で相方がコイツなんだと疑問に思う…というより羨望の念で遠い風景のようにこっちを見てくる
くすぐったいような何ともいえない優越感
失恋回数107回の偉業の為に長く味わった事が無かったこの感触に思わず頬が綻ぶ(ほころぶ)
降って湧いたような奇特な出会いだったが、この娘とこうしていられるこの夢のようなファンタジーに感謝したい

だが、このファンタジーを維持するためのお財布の残弾がそろそろ心もとない
具体的にはオレの見て回ろうとしたコート等は望むのが困難になってきた頃だ
しかし、ここでオレがコートを買うのを諦めればミクルちゃんに要らぬ良心の呵責を与える事になる

『う〜んと…これは、あの店のコースだな』

うんうんと納得して見せて新たな進路を取ろうとしてみる

『あの店? お兄ちゃんの探したいっていってたコートがあるとこ?』

『ああ、ちょっとショッピングモールから離れた橋を挟んだ川向のとこなんだけどな
古着屋だけど結構良いのが揃ってるんだ』

『古着って前に誰かが着てたけど要らなくなって売った中古品って事でしょ? そんなので良いの?』

『ミクル、古着を舐めちゃダメだぞ
結構ブランド物とかも入ってる事があるし、場合によっては新品よりも良いのが置いてる時もあるんだ
それでいてリーズナブル。まさに至れり付くせりの素敵スポットなんだ』

『そうなんだ、じゃあ着いたらミクルも良いの無いか探してみようかな』

期待に胸膨らましたホクホク顔でミクルちゃんも楽しそうだ
さて、良いブツが入荷してますように

と、進路の途中の橋の中腹でミクルちゃんが手を強く引っ張ってきた

『どうした、ミクル?』

『お兄ちゃん! あそこ! 川の中でワンちゃんが溺れてるよ!』

指を指された地点を見てみると、川の暗がりの中で確かに一匹のワンコが浮いているのが微かに見えた

『放っておけよ、犬ってのは犬掻きっていうくらい泳ぎは得意なもんなんだぜ』

『ダメだよお兄ちゃん! あの子、きっと足かどこか怪我してるんだよ!
泳いでるんじゃなくてもがいてる感じだもん! あそこまで泳いで行って助けてあげないと!』

『いや、アイツ首輪してるから飼い主がなんとかするだろうし
オレたちが何かしなくても他の人が何とかしてくれるかもしれないだろ
それに、この寒空の中で寒中水泳とかやったら確実に風邪引くって
オレたちにできるとしたら警察なり消防署なりに連絡してあのワンコを助けてもらえるようにお願いするくらいさ』

『ここ、今は私たちしか通ってないし、そんな連絡とかしてる余裕なさそうだよ! ホラ、今も沈みそうになってる!』

『だからってオレたちが助けようとしても逆にオレたちが溺れるって事になりかねないだろ?』

『いいよ、私、行って来る!』

『ちょッ、ミクル!』

『あの子を護らないと! もう目の前で誰かが死ぬのは見たくないの! だから私は世界を救うと決めたの!』

ミクルちゃんが決意を秘めた眼差しで川の中のワンコを見つめる。突貫の体制だ
オレの左手から手を離し、荷物を降ろして準備体操を始める

『待て、ミクル!』

『止めてもダメだよ!』

『違う、そうじゃない、オレが行ってくる! オレが必ずアイツを助けて来てやる!』

『お兄ちゃん……』

ミクルちゃんのさっきの言葉…彼女は昔に目の前で誰かを亡くしたんだ
会った当初の電波会話も、きっとそれが屈折しちゃっただけなんだ
親しい人を目の前で亡くしてしまった…だからもう世界中の人が悲しまないように世界を変えたい
でも、そんなスケールのデカい願いはこの小さな身体では背負いきれない
だから自分のルール、自分の世界を作って世界を救える幻影を見ようとしたんだ
そして今、生身の彼女はあの犬を自分の力だけで救おうと挑みかかろうとした
この小さな身体でだ!
それをオレが指を咥えて見ることなんかできるか!!
正直、寒中水泳なんかオレはやった事無いし、自分が言ったようにオレが溺れる事だって有り得る
だけど、この娘の願いを! 無垢な願いを踏みにじるなんてできない!!
それ以上に、この娘のこの小さな身体にそんな苦難を与えてたまるか!!!

『まあ、見てろ。寒中水泳は初めてだけど、泳ぎは苦手じゃない!
ミクルの救いたい世界、オレが支えてやる!』

『うん……うんッ!!』

大きな瞳を見開いて、コクリと頷く
よし、バトンタッチは完了した
ここからはオレのターンだ!

まずは荷物を降ろして上着を脱ぐ
ミクルちゃんの見てる前だがズボンも下ろす
どこかで聞いた話で服を着て泳ぐと水が服に浸透して重くて動けなくなるというのがある
実際に試した事がないから分からないが、用心に越した事は無い
そして柔軟体操で全身をほぐす
これもどこかで聞いた話だ
寒中水泳などは先に身体をほぐしておかないとツってしまうと
時間が無いので手早く、それでいて隅々を延ばす
これで身体の準備は完了!
心の準備はとっくに出来てるッ!!

『じゃあ、行って来る! 必ず連れて戻ってくる!!』

『うん! お願い、お兄ちゃん!』

橋の柵から手のひらを合わせて真下に頭から垂直落下!
大きな水しぶきを上げて身体が沈み込む!

まず、最初に感じたのは寒さよりも喉を焼くような痛み
口の中に入った水が冷たすぎて喉が霜焼けを起こしたみたいだ
これは予想外の展開だ
水面に顔を出して空気を吸い込むが外の空気も冷たく回復が遅い
続いて体中が火傷したような感触が襲う
身体の方も霜焼けを起こしてきたようだ
これは心が折れそうになる
今すぐにでも陸に上がって暖を取りたくなる
しかし!!

『なろうッ!! このくらいの寒さでミクルちゃんの世界を壊せると思うな!!』

大きく叫んでから深く息を吸い込み水の中を掻き分ける
泳法はクロール! 一番早い泳ぎ方と言われるスタンダード!

自分でも驚く程のスピードで目標に進んでいく
己にこれほどの躍動が宿っていたとは露と知らなかったが
今はそれが心強い

『ガンバレ! お兄ちゃん!!』

ミクルちゃんの声援が背中を押す
ハッ、これで元気が出なくて男の子かってんだ!!

目標まであと20メートル弱!
これなら行ける!!

大きなストロークと全力のキックで目標まであと10、9、8、7 ……

『要救助者確保ッ!!』

左手に溺れていた犬を掴んでミクルちゃんの方を振り返る

『うわぁー!! すごいよ、お兄ちゃん!!』

遠くになったミクルちゃんがヤンヤの喝采を上げる
よし、後は戻るだけ……

そこで気付く
出発点は橋の上だったが、ゴールは岸だという事に
しかも、出発点が橋の中央だったせいで左右のどっちの岸もかなり遠い
さらにこの川はかなりデカい
岸に上がるためには目算で500メートルは泳がないとならない感じだ

『クッ、だけど要救助者はオレの手の中なんだ! 岸に上がればそれで救えるんだ!!』

覚悟を決めて進路を右に取る
左右どっちもあまり変わらないが、こっちの進路の方が幾分マシに思える

幾ばくか進んだところで更なる苦難を感じる
左手に犬を抱えたままだから右手でしか水を掻く事ができない
その為に泳ぎ方は自ず(おのず)と変形平泳ぎになりスピードが出ない
しかも左手が重い!
犬は小型犬で数キロくらいの重さだろうけど、水の中で抱えるというのはその数倍の重さのように感じられる
この犬も一生懸命犬掻きをしようとしているが、逆にこっちの泳ぎが妨げられる

身体は水の中の寒さに多少は慣れてきたが身体を刺す霜焼けは治らない
岸まではあと200メートルほど
半ばは過ぎたが正直キツい

『お兄ちゃん! もう少し! もう少しだよ!!』

ミクルちゃんが橋を移動しながら声援を掛けてくれる
クッ…このくらいの難関で! 負けてたまるかよ!!
ミクルちゃんのお兄ちゃんなんだからよ!! このオレは!!!

気合を入れ直して速度を速める
だが、体力も限界で息継ぎの間隔も早くなる
もう少し、あと100メートル、50、25 ……

『うおらァーー!!!』

最後の気合で速度を更に速める
渾身のキックで岸までの距離を一気に詰め!

『だっしゃァーーー!!』

今、ゴールイン!!!

『ハァ…ハァ…ハァ……』

河川敷の土の上でしばし空気を貪る
犬の方もやっと地面を踏みしめれてホッとしてる事だろう
コイツ、やっぱり右足を怪我してるな
泳いでる時は確認する余裕が無かったが、コイツもよくガンバったもんだ

『お兄ちゃん! すごい、すごいよ!!』

そこでミクルちゃんが合流してきた
ちょっと目が赤くなっている
どうやら応援の途中で少し泣いちゃったみたいだな
ハハ、そこまで応援してもらえたんだからさっきの苦難も何も文句は無いな
駆け寄ってくるミクルちゃんに、英雄の帰還とは思えない弱々しさで手を振って答えた
だけど、心は今、とても力強い大きなストライドで彼女を迎えていた

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